昨晩何気なくXを見ていてある投稿が目に入ってきました。
どうやらある方が宝塚は各組のトップコンビが並んでるポスターで男役より娘役の方が小さく写ってるのが解せないという投稿をして、それに対してリプや引用リポストでいろんな人が意見を綴っていました。
その中で宝塚は「男尊女卑」の世界だからっていうのがあったのが気になり、ちょっと考えました。
「トップ男役の写真の方がトップ娘役より大きい理由が知りたい」という投稿を見て
そもそもは1人の人が「5組のトップコンビが写っているポスターで、娘役が男役より小さく写ってる合理的な理由が知りたい。その価値観が古臭くて看過できない」というような投稿をしたこと。
それに対して、コアな宝塚ファンから宝塚をほとんど知らない人までいろんな人が意見を寄せていました。
宝塚ファンからは、「トップ男役が組の頂点であり座長で、トップ娘役はその相手役でしかないから」や「合理的にと言うなら商業的に男役トップスターを売りたいから」という様な意見がありました。
また「単純に男役トップの方が学年が上だから」とか「男役に寄り添い輝かせるのが娘役だから」というのも。
普段宝塚を見ている者からしたらそれは至極普通のことなんですが、ファンではない人から見たらそういうのが「男尊女卑」に見えるのか、そういうワードがいくつか見られたのが気になりました。
男役10年
宝塚ではよく知られる「男役10年」という言葉があります。
女性が別の性別に演じる為に長い間研鑽を積んで男役芸を磨きます。
しかし、娘役には「娘役◯年」という言葉は存在せず、事実、わずかなキャリアで抜擢され娘役トップに就く生徒さんがいます。
トップに就かなくても大きな役を演じる若い娘役はいくらでもいます。
もちろん娘役も外の世界の女優と違って、男役を引き立てつつ自らも輝くという娘役芸を求められますが、それでもかかる時間には圧倒的な差があります。
並んで立つトップスターと娘役トップの学年には大きな差があります。
花組:97期と105期
月組:92期と101期
雪組:95期と103期
星組:98期と105期
宙組:95期と102期
宝塚は「学年」が重視される世界です。
その世界でこれだけの学年の差があるにも関わらず、娘役トップはソロで歌い、トップスターと二人でダンスをし、羽根を背負ってトップスターの隣に立ちます。
娘役は圧倒的に優遇されていると言えなくもないほど有利です。
しかし、有利不利の話ではありません。
宝塚でトップスターの呼称を得ることができるのは男役です。
娘役トップよりずっと長い時間をかけてその地位に到達します。
しかしこれを、宝塚のファンはそれは”違い”であると知っています。
当然、娘役の優遇に対して男役が劣った損な立場だとは捉えません。
”違い”であることを認識できないまま、「男尊女卑」と表現するのは適当ではないと私は思います。
女卑ではない
確かに宝塚は男役をトップスターとして戴く男役が輝く世界です。
どんな演目でも主役は男性キャラクターです(極たまに例外もありますが)し、二番手は男役だけで娘役二番手は存在しません。
男尊女卑という言葉は、男尊であり同時に女卑であるという世界観を表しています。
しかし、少なくとも宝塚に「女卑」はありません。
確かにお芝居の中での役割としては様々なものがあります。それでも女性を女性であるからという理由だけで男性より劣った扱いをするような世界観を肯定する作品を私は知りません。
また、スカイステージで見る姿も学年差で敬語で話すようなことはありますが、男役が娘役より偉ぶっているというような姿は皆無です。
私が思うに、宝塚は女性が演じる「男尊女尊」の現代のふつうの世界です。
誰が何を考え、何を発信するのも勝手ですね。
私が言ってることも、どこかおかしいかもしれません(自分で自分のズレを認識するのは難しいです💦)
でもなぜか、今回は柄にもなく熱く語ってしまいました(笑)
読んで頂き、ありがとうございました。
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